か攫《さら》われて、八方手を尽くしてたずねたが、ついにその行くえが知れなかった。母親の夫人の悲歎《ひたん》は傍《はた》の見る目も憐れなくらいであったところへ、搗《か》てて加えて父のZ伯爵から、ピザにいるはずのエドヴィナ伯爵がX市のアンジェリカの邸で煩悶《はんもん》をかさねて瀕死の状態にあるという手紙に接して、夫人はほとんど狂気せんばかりになった。
 夫人は産褥《さんじょく》から離れるのを待って、父の城へ馳《は》せつけた。ある晩、彼女は生き別れの夫や赤ん坊の安否を案じわびて、どうしても眠られないでいると、気のせいか寝室のドアの外でかすかに赤児の泣くような声が聞こえるので、灯をともしてドアをあけて見ると、思わず彼女はぎょっとしたのである。ドアの外には真っ赤な肩掛けのジプシーの老婆が這《は》いつくばいながら、「死」をはめ込んだような眼でじっと彼女を見つめているばかりか、その腕には夫人を呼びさまさせた声のぬしの、赤ん坊を抱えていた。あっ! 私の娘だ――夫人はジプシーの老婆の腕から奪い取った我が子を、嬉しさに高鳴りするわが胸へしっかりと抱きしめた。
 夫人の叫び声におどろかされて、家人が起きてき
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