。まあ、私の考えではじきに癒《なお》ると思いますよ。あなたは自分から魔法にかかっていると思い込んで、それと戦おうとしているがために、かえって妄念が起こるのです。まずあなたのその鏡を私のところへ置いていって、専心にお仕事に没頭なさるようにお努めなさい。そうして、忘れても並木通りへは足を向けないようにして、一日の仕事をしてから長い散歩をしては、お友達の一座と楽しくお過ごしなさい。食事は十分に摂《と》って、営養のゆたかな葡萄酒をお飲みなさい。これから私は、その廃宅の窓や鏡に現われる女の顔の執念ぶかい幻影と戦って、あなたを心身ともに丈夫にしてあげるつもりですから、あなたも私の味方をする気になって、わたしの言う通りを守って下さい」と、博士は言った。
渋《しぶ》しぶながらに鏡を手放した私の態度を、博士はじっと見ていたらしかった。それから博士はその鏡に自分の息を吹きかけて、それを私の眼の前へ持って来た。
「何か見えますか」
「いいえ、なんにも」と、私はありのままを答えた。
「では、今度はあなた自身がこの鏡に息をかけてごらんなさい」と、博士はわたしの手に鏡をわたした。
わたしは博士の言う通りにする
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