るガラス壜のうちから、輪を作って湧き出している美しい煙りであった。
「ああ、わたしの夢に現われてきた美しいお嬢さん」と、わたしは張りさけるばかりに叫んだ。「あなたはどこにいるのです。何があなたを呪縛しているのです。それをわたしに教えてください。いや、私はみな知っています。あなたを監禁しているのは、腹黒い魔法使いです。八分の五の調子で悪魔の唄を歌ったあとで、褐色の着物に仮髪《かつら》をつけて、菓子屋の店をうろつきあるいて、自分たちの食いものを素早く掻きあつめ、栗をもって悪魔の弟子の犬めを飼っている、あの意地悪な魔法使いに囚《とら》われて、あなたは不運な奴隷《どれい》となっているのです。美しい、愛らしいまぼろしのあなたよ、わたしは何もかも知っています。あのダイヤモンドはあなたの情火の反映です。しかもあの腕にはめている腕環こそは、あなたを縛る魔法の鎖《くさり》です。その腕環を信じてはいけません。もう少し我慢なさい。きっと自由の身になれます。どうぞあなたの薔薇の蕾《つぼみ》のような口をあいて、あなたの居どころを教えてください」
このとき節くれ立った手がわたしの肩越しにあらわれて、たちまちガラス壜をたたきつけたので、壜は空中で微塵にくだけて散乱し、弱い悲しそうなうめき声とともに、可憐の幻影はたちまち闇のうちに消え失せた。
夜が明けて、わたしは夢から醒めると、急いで並木通りへ行って、いつものようにそれとなく例の廃宅を窺っていると、菓子屋に接した二階の窓にぴかりと何か光ったものがあった。近寄ってみると鎧戸《よろいど》があいて、細目にあけたカーテンの隙間《すきま》からダイヤモンドの光りがわたしの眼を射た。
「や、しめたぞ」
夢のうちで見たかの娘が、ふくよかな腕に頭をもたせかけながら、しとやかに哀願するように私の方を見ているではないか。しかし、この激しい往来なかに突っ立っていると、またこの間のように人目に立つおそれがあるので、わたしはまず家の真正面にある歩道のベンチに腰をかけて、しずかに不思議な窓を見守ると、彼女はたしかに夢の女であるが、わたしの方を見ていると思ったのは間違いで、彼女はどこを見るともなしにぼんやりと下を見おろしているのであった。その眼《まな》ざしはいかにも冷やかで、もし時どきに手や腕を動かさなかったらば、わたしはよく描けている画を見ているのではないかと思うくら
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