ててゆくのは、このベアトリーチェの役目なのです。それですから、あなたの接吻《キッス》と……それから私の命のその芳《かん》ばしい呼吸《いき》とを、わたしに下さらなければならないのですよ」
 その言葉にあらわれたような優しさを、その態度の上にもあらわして、彼女はその植物に必要と思われるだけの十分の注意をもって忙しく働きはじめた。
 ジョヴァンニは高い窓にもたれかかりながら、自分の眼をこすった。娘がその愛する花の世話をしているのか、または花の姉妹がたがいに愛情を示しあっているのか、まったくわからなかった。しかも、この光景はすぐに終わった。ドクトル・ラッパチーニがその庭造りの仕事を終わったのか、あるいはその慧眼がジョヴァンニのあることを見てとったのか。そのいずれかは知れないが、父は娘の手をとって庭を立ち去ってしまった。
 夜はすでに近づいていた。息づまるような臭気が庭の植物から発散して、あけてある窓から忍び込むようであった。ジョヴァンニは窓をしめて寝床にはいって、美しい花と娘のことを夢想した。花と娘とは別べつのものであって、しかも同じものである。そうして、その両者には何か不思議な危険が含まれて
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