その心の痛手を楽園の泉にひたし、または不滅の光りに照らさせて、その悲しみを忘れなければならないのである。
 しかし、ジョヴァンニはそれに気がつかなかった。
「愛するベアトリーチェ……」
 彼女がいつものように近づくことを恐れたにもかかわらず、彼は今や異常なる衝動をもって、彼女に近づいた。
「わたしが最愛のベアトリーチェ。われわれの運命はまだそんなに絶望的なものではありません。ごらんなさい。これは偉い医者から証明された妙薬です。その効能の顕著なことは、実に神《しん》のようだということです。これはあなたの恐ろしいお父さんが、あなたとわたしの身の上にこの禍《わざわ》いをもたらしたものとは、まったく反対の要素から出来ているのです。それは神聖な草から蒸溜して取ったものです。どうです、一緒にこの薬をぐっと嚥《の》んで、おたがいに禍いを浄《きよ》めようではありませんか」
「それをわたしに下さい」
 ベアトリーチェは男が胸から取り出した小さい銀の花瓶を受け取ろうとして、手を伸ばしながら言った。それから、特に力を入れて付け加えた。
 「わたくしが嚥《の》みましょう。けれども、あなたはその結果を待って下さ
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