いは、ジョヴァンニの心を一旦《いったん》かきみだしたものの、彼を抑制するには不十分であった。ベアトリーチェに接近することが出来るということを知った刹那《せつな》、そうすることが彼の生活には絶対に必要なことのように思われた。
彼女が天使であろうと、悪魔であろうと、そんなことはもう問題ではなかった。彼は絶対に彼女の掌中《しょうちゅう》にあった。そうして、彼は永久に小さくなりゆく圏内に追い込まれて、ついには、彼が予想さえもしなかった結果を招くような法則に、従わなければならなかった。
しかも不思議なことには、彼はにわかにある疑いを起こした。自分のこの強い興味は、幻想ではあるまいか。こういう不安定の位置にまで突進しても差し支えないと思われるほどに、それが深い確実な性質のものであろうか。それは単なる青年の頭脳の妄想で、彼の心とはほんのわずかな関係があるに過ぎないか、またはまるで無関係なのではあるまいか。彼は疑って、躊躇《ちゅうちょ》してあと戻りをしかけたが、ふたたび思い切って進んで行った。
皺だらけの案内人は幾多のわかりにくい小径を通らせて、ついにあるドアをひらくと、木の葉がちらちらと風にゆ
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