《ふけ》りましたが、彼女の姿を見守っていればいるほど、どうしても彼女はこの美しいからだを永久に捨てたとは思えないのでした。見つめていると、それは気のせいか、それともランプの光りのせいかわかりませんが、血の気のない顔の色に血がめぐり始めたように思われました。わたしはそっと軽く彼女の腕に手をあてますと、冷たくは感じましたが、いつか教会の門でわたしの手にふれた時ほどには冷たくないような気がしました。わたしは再び元の位置にかえって、彼女の上に身をかがめましたが、わたしの熱い涙は彼女の頬をぬらしました。
ああ、なんという絶望と無力の悲しさでありましょう。なんとも言いようのない苦しみを続けながら、わたしはいつまでも彼女を見つめていたことでしょう。わたしは自分の全生涯の生命をあつめて彼女にあたえたい。わたしの全身に燃えている火焔《ほのお》を彼女の冷たい亡骸《なきがら》にそそぎ入れたいと、無駄な願いを起こしたりしました。
夜は更《ふ》けてゆきました。いよいよ彼女と永遠のわかれが近づいたと思った時、わたしはただひとりの恋人であった彼女に、最後の悲しい心をこめた、たった一度の接吻《せっぷん》をしないで
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