しぐらに駈けました。地面はまるで青黒い長い線としか見えないようにうしろへ流れて行き、わたしたちの駈け通る両側の黒い樹樹《きぎ》の影は混乱した軍勢のようにざわめきます。真っ暗な森を駈け抜ける時などは、一種の迷信的の恐怖のために、総身《そうみ》に寒さを覚えました。またある時は馬の鉄蹄《てってい》が石を蹴って、そこらに撒《ま》き散らす火花の光りが、あたかも火の路を作ったかと疑われました。
誰でも、夜なかのこの時刻に、わたしたちふたりがこんなに疾駆《しっく》するのを見たらば、悪魔に騎《の》った二つの妖怪と間違えたに相違ありますまい。時どきにわれわれの行く手には怪しい火がちらちらと飛びめぐり、遠い森には夜の鳥が人をおびやかすように叫び、また折りおりは燐光のような野猫の眼の輝くのを見ました。
馬は鬣《たてがみ》をだんだんにかき乱して、脇腹には汗をしたたらせ、鼻息もひどくあらあらしくなってきます。それでも馬の走りがゆるやかになったりすると、案内者は一種奇怪な叫び声をあげて、またもや馬を激しく跳《おど》らせるのでした。
旋風《つむじかぜ》のような疾走がようやく終わると、多くの黒い人の群れがおびた
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