》りになってから、その手帳の止めを外すと、中には一枚の紙がはいっていて、「コンティニ宮にて、……クラリモンド」と、わずかに書いてありました。[#「ありました。」は底本では「ありました」]
二
わたしはその当時、世間のことはなんにも知りませんでした。名高いクラリモンドのことなども知っていません。コンティニ宮がどこにあるかさえも、まったく見当《けんとう》がつきませんでした。わたしはいろいろに想像をたくましくしてみましたが、実のところ、もう一度逢うことが出来れば、彼女が高貴な女であろうと、または娼婦のたぐいであろうと、わたしはそんなことを気にかけてはいないのでした。
わたしの恋はわずかいっときのあいだに生まれたのですが、もう打ち消すことの出来ないほどに根が深くなってゆきました。わたしはもう、まったく取りみだしてしまって、彼女が触れたわたしの手に接吻したり、幾時間ものあいだに繰り返して彼女の名を呼んだりしました。わたしは彼女の姿を目のあたりにはっきりと認めたいがために、眼をとじてみたりしました。
わたしは教会の門のところで、わたしの耳にささやいた彼女の言葉を繰り返しまし
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