はじ》の並木が夕日にいろどられているのを眺めながら、悠々と糸を垂れはじめた。
 前置きが少し長くなったが、話の本文はいよいよこれからだと思いたまえ。
 子どもの時からあまり上手でもなかったが、年を取ってからいよいよ下手になったとみえて、小一時間も糸をおろしていたが一向に釣れない。すこし飽きて来て、もう浮木《うき》の方へは眼もくれず、足もとに乱れて咲いている草の花などをながめているうちに、ふと或る小さい花が水の上に漂《ただよ》っているのを見つけた。僕の土地ではそれを幽霊藻とか幽霊草とかいうのだ。普通の幽霊草というのは曼珠沙華《まんじゅしゃげ》のことで、墓場などの暗い湿《しめ》っぽいところに多く咲いているので、幽霊草とか幽霊花とかいう名を付けられたのだが、ここらでいう幽霊藻はまったくそれとは別種のもので、水のまにまに漂っている一種の藻のような浮き草だ。なんでも夏の初めから秋の中ごろへかけて、水の上にこの花の姿をみることが多いようだ。雪のふるなかでも咲いているというが、それはどうも嘘らしい。
 なぜそれに幽霊という名を冠《かぶ》らせたかというと、所詮《しょせん》はその花と葉との形から来たらし
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