き出したので、それをやり過ごして、わたくし共はあとからゆっくり帰って来たんです。
 その途中で、市野さんといろいろ話し合いましたが、あの人はその後に薬学校を卒業して、薬剤師の免状を取って、自分の家へ帰って立派に商売をしているそうで、昔の事をひどく後悔していると言って、しきりに言い訳をしたり、あやまったりするので、過ぎ去ったことを今さら執念ぶかく言っても仕方がないと思って、わたくしももう堪忍してやることにしました。市野さんはわたくしの病気を気の毒がって、それも昔にさかのぼればやっぱり自分から起ったことだと言って、わたくしが家へ帰っているあいだは幾らかの小遣いを送ってくれるように言っていました。
 それでその時は無事に別れて、わたくしは兄よりもひと足おくれて家へ帰りましたが、わたくしの病気は重いといっても、ずっと寝ているようなわけでもないので、あくる朝、久し振りに川の堤へあがって、芒のなかをぶらぶら歩いていると、足もとに近い水の上に薄白《うすじろ》と薄むらさきの小さい花がぼんやりと浮いて流れているのが眼につきました。幽霊藻が相変らず咲いていると思うと、不思議にそれが懐かしいような気になって
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