ど日ざかりで遣りきれないと思ったが、日の暮れるまでこんな所にぼんやりしている訳にもいかないので、汗をふきながら乗合馬車に乗込むと、定員八人という車台のなかに僕をあわせて乗客はわずかに三人、ふだんから乗り降りの少ないさびしい駅である上に、土地の人は人力車にも馬車にも乗らないで、みんな重い荷物を引っかついですたすた[#「すたすた」に傍点]歩いて行くというふうだから、大抵の場合には馬車満員ということのないのは僕もかねて承知していたが、それにしても三人はあまりに少な過ぎる。しかしまあ少ない方に間違っているのは結構、殊に暑いときには至極結構だと思って、僕は楽々と一方の腰掛けを占領していると、向う側に腰をおろしているのは、僕とおなじ年頃かと思われる二十四五の男と、十九か二十歳《はたち》ぐらいの若い女で、その顔付きから察するに彼等はたしかに兄妹《きょうだい》らしく見られた。
 ここで僕の注意をひいたのは、この兄妹の風俗の全然相違していることで、兄は一見して質朴な農家の青年であることを認められるにもかかわらず、妹は媚《なまめ》かしい派手づくりで、僕等の町でみる酌婦などよりは遥かに高等、おそらく何処かの
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