堤の芒にわかれを告げて、堤下の路を真っ直ぐにあるき出すと、暗いなかから幽霊のようにふらふらと現われたものがある。思わず立ちどまって窺ってみると[#「窺ってみると」は底本では「窮ってみると」]、この暗やみでどうして判ったのか知らないが、その人は低い声で言った。
「秋坂さんじゃございませんか。」
それは若い女の声であった。
尾花川の堤にはときどきに狐が出るなどというが、まさかそうでもあるまいと多寡《たか》をくくって、僕は大胆に答えた。
「そうです。僕は秋坂です。」
幽霊か狐のような女は、僕のそばへ近寄って来た。
「先日はどうも失礼をいたしました。」
暗いなかで顔かたちはわからないが、僕ももう大抵の鑑定は付いた。
「あなたは勝田の妹さんですか。」
「そうでございます。」
果して彼女は勝田良次の妹の芸妓であった。と思う間もなく、女はまた言った。
「あなたはこれから町の方へお帰りでございますか。」
「はあ。これから家《うち》へ帰ります。」
「では、御一緒にお供させていただけますまいか。わたくしも町の方まで参りたいのですが。」と、女は僕の方へいよいよ摺[#「摺」は底本では「擢」]り寄って
前へ
次へ
全41ページ中19ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
岡本 綺堂 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング