どでもなかったのですが、一年増しに悪い癖が募《つの》って来るので、今に多代子さんは兄さんに殺されやしないかと、家の娘などは心配しているのです。」
わたしにも訳が判らなくなった。わたしは医者でもなし、心理学者でもないから、三好透という青年の奇怪なる精神状態について、なんとも鑑定を下《くだ》すことは出来なかった。刑事の話によると、彼は他の婦人に対しても生きた蛇を投げ付けたことがあるらしい。勿論、確かに彼の仕業であるや否やは判らないが、もし果たしてそうであるとすれば、彼はおそらく一種の乱心《マニア》であろう。もし又、他人に対してはなんらの危害を加えず、単に妹に対してのみ乱暴や脅迫を加えるということであれば、それはやはり普通の乱心として解釈すべきものであるかどうかは、わたしにも見当が付かなかった。
「そうすると、透君がたびたび脅迫状をよこして、妹を根津権現前へよび出して、一体どうするつもりなんでしょう。」
「さあ。」と、奥さんも考えていた。「多代子さんがうっかり出て行ったら、おそらく何かの言いがかりでもして、往来なかでひどい目にでも逢わせるつもりでしたろう。今もいう通り、ふだんは仲好しの兄妹
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