一匹の青い蛇が白っぽい腹を出して横たわっていた。
「むむ、蛇だ。」
巡査は子細にあらためて、また俄かに笑い出した。
「はは、これは玩具《おもちゃ》だ。拵《こしら》え物だ。」
「ほんとうの蛇じゃありませんか。」
のぞき込む私の眼の前へ、巡査は笑いながらかの蛇をとって突き出した。なるほど精巧には出来てはいるが、それは確かに拵え物の青大将であるので、わたしも思わず笑い出した。
「はは、玩具だ。多代子さん、驚くことはありません。こりゃ玩具の蛇ですよ。」
このごろは博覧会の夜間開場が始まったので、夜ふけて帰る女たちを暗いところに待ち受けて、悪いたずらをする奴がしばしばある。これもそのたぐいであろうと巡査は言った。そう判ってみれば、さしたる問題でもないので、わたし達は挨拶して巡査に別れた。わたしはどうせ先生の家へゆく途中であるから、女ふたりを送りながら一緒に付いて行ったが、先生の門をくぐるまでの間、多代子は一言も口をきかなかった。
「近所ではあり、まだ宵だからと油断して、若い者ばかりを出してやったのが間違いでした。」
と、奥さんは悔んでいた。
たとい玩具にもしろ、何者かのいたずらにもしろ
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