りの安月給取りには贅沢《ぜいたく》過ぎるほどの副食物をもって満たされているので、わたしはこの鉄道に乗って往来するごとに、上等弁当を買って食うのを一つの楽しみにしている位であった。そういうわけであるから、三等のお客さまたるをもって満足して、やがて旨《うま》い弁当が食えることを期待しながら揺られてゆくと、ゆうべ遅く寝たのと今日の暑さとで、なんだか薄ら眠くなって来た。
わたしは我れ知らずに小《こ》一時間も眠ったらしい。なにか騒がしいような人声におどろかされて眼をさますと、わたしの車内には一つの事件が出来《しゅったい》していた。車掌が一人の乗客を捉えて何か談判しているのである。他の乗客もみな其の方に眼をあつめていた。中には起《た》ちあがって覗《のぞ》いているのもあった。女客などは蒼い顔をして身をすくめていた。
唯ならぬ車内の様子にいよいよ驚かされて、だんだんその子細《しさい》を聞きただすと、列車はもうFの駅に近づいたので、三、四人の乗客はそろそろと下車の支度をはじめて、その一人が頭の上の網棚から自分の荷物をおろそうとする時に、汽車にゆられて手をはずして、半分おろしかけていた風呂敷包みをほう
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