病気が全快して一緒に学校へ出て行ったとの事であった。
 第三回の訪問は五月のなかばの日曜日で、わたしは午後七時ごろに上野行きの電車を降りると、博覧会は夜間開場をおこなっているので、広小路付近はイルミネーションや花瓦斯《はなガス》で昼のように明るかった。そこらは自由に往来が出来ないように混雑していた。
 わたしはその賑わいを後ろにして池《いけ》の端《はた》から根津の方角へ急いだ。その頃はまだ動坂《どうざか》行きの電車が開通していなかったので、根津の通りも暗い寂しい町であった。路ばたには広い空地などもあって、家々のまばらな灯のかげは本郷台の裾に低く沈んでいた。わずかの距離で、上野と此処《ここ》とはこんなにも違うものかと思いながら、わたしは宵闇の路をたどってゆくと、やがて団子坂の下へ曲ろうとする路ばたの暗いなかで、突然にきゃっ[#「きゃっ」に傍点]という女の悲鳴が聞えたので、わたしは持っているステッキを把《と》り直して、その声をしるべに駈け出すと、出逢いがしらに駈けて来る一人の男があった。あぶなく突き当ろうとするのを摺りぬけて、彼はどこへか姿を隠してしまった。月はないが、星は明るい。少しく距
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