言う通り、余りにもあわただしい二人の様子が何か子細ありげにも思われた。そうして、それがあの蛇の話に何かの関係があるのではないかとも疑われた。それは私ばかりでなく他の乗客にも怪しまれたと見えて、東京の商人は笑いながら私に言った。
「あの娘さんはよっぽど蛇が嫌いらしい。あなたに蛇の話を聞かされて、真っ蒼になってしまいましたね。なんでも兄さんを無理に勧めて、急に降りることになったようです。」
「それで降りたんでしょうか。」
「この箱には蛇が乗っていたというので、急に忌《いや》になったのでしょう。嫌いな人はそんなものですよ。」
それならば他の車室へ引移れば済むことで、わざわざ下車するにも及ぶまいと思いながら、わたしは再び車外へ眼をやると、若い兄妹の姿はもうそこらに見えないで、駅の前の大きい桜に油蝉《あぶらぜみ》が暑そうに啼き続けているばかりであった。
列車がまた進行をはじめると、さっきの車掌がふたたび廻って来た。かの商人は話し好きとみえて車掌の顔をみると直ぐに又話しかけた。
「どうもさっきは驚かされたね、汽車のなかでにょろにょろ這い出されちゃ堪まらないよ。」
「まったく困ります。しかし考えると、少し不思議でもありますよ。」
「なにが不思議で……。」
残暑の強い時節であるのと、帰省の学生らが再び上京するには小一週間ほど早いのとで、列車のなかはさのみ混雑していなかった。現にあの兄妹の起ったあとは空席になっていたので、車掌はそこへ腰をおろした。
「なにが不思議といって……。わたしは一昨年《おととし》の春からこの鉄道にあしかけ三年勤めていますがね、毎年夏になると、蛇の騒ぎが二、三回、多いときには四、五回もあるのです。」
「ここらには蛇が多いのかね。」と、商人は訊いた。
「特に多いという話も聞かないのですが……。」と、車掌はすこし首をかしげながら言った。「それが又不思議で……。その蛇の騒ぎはいつでも広島とFの駅とのあいだに起るのです。そうして、きょうと同じように、乗客自身はなんにも気がつかないでいると、蛇がいつの間にかその荷物のなかに這入り込んでいるのです。ことしももうこれで五回目になるでしょう。わたしも職務ですから、一応はあの人を詮議しましたけれど、肚《はら》の中では又かと思っていました。」
「ふぅむ。そりゃあ不思議だ、まったく不思議だ。」と、商人は仰山《ぎょうさん》らしく顔
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