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夜叉王 おゝ、姉は死ぬるか。姉もさだめて本望であらう。父もまた本望ぢや。
かへで えゝ。
夜叉王 幾たび打ち直してもこの面《おもて》に、死相のあり/\と見えたるは、われ拙きにあらず、鈍きにあらず。源氏の將軍頼家卿が斯く相成るべき御運とは、今といふ今、はじめて覺つた。神ならでは知ろしめされぬ人の運命、先づわが作にあらはれしは、自然の感應、自然の妙、技藝|神《しん》に入るとはこの事よ。伊豆の夜叉王、われながら天晴れ天下一ぢやなう。(快げに笑ふ)
かつら (おなじく笑ふ)わたしも天晴れお局樣ぢや。死んでも思ひ置くことない。些《ちつ》とも早う上樣のおあとを慕うて、冥土のおん供……。
夜叉王 やれ、娘。わかき女子が斷末魔の面、後の手本に寫しておきたい。苦痛を堪へてしばらく待て。春彦、筆と紙を……。
春彦 はつ。
[#ここから5字下げ]
(春彦は細工場に走り入りて、筆と紙などを持ち來る。夜叉王は筆を執る。)
[#ここで字下げ終わり]
[#ここから改行天付き、折り返して1字下げ]
夜叉王 娘、顏をみせい。
かつら あい。
[#ここから5字下げ]
(桂は春彦夫婦に扶けられて這ひよる。夜叉王は筆を執りて、その顏を模寫せんとす。僧は口のうちにて念佛す。)
[#ここで字下げ終わり]
[#地から1字上げ]――幕――
[#地から2字上げ](明治四十四年一月「文藝倶樂部」)
底本:「日本現代文學全集34 岡本綺堂・小山内薫・眞山青果集」講談社
1968(昭和43)年6月19日発行
初出:「文藝倶樂部」
1911(明治44)年1月
入力:土屋隆
校正:川山隆
2008年4月6日作成
青空文庫作成ファイル:
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