たりには木の屑など取散したり。)
[#ここで字下げ終わり]
[#ここから改行天付き、折り返して1字下げ]
春彦 由なきことを云ひ募つて、細工の御さまたげをも省みぬ不調法、なにとぞ御料簡くださりませ。
かへで これもわたしが姉樣に、意見がましいことなど云うたが基。姉樣も春彦どのも必ず叱つて下さりまするな。
夜叉王 おゝ、なんで叱らう、叱りはせぬ。姉妹の喧嘩《いさかひ》はまゝある事ぢや。珍らしうもあるまい。時に今日ももう暮るゝぞ。秋のゆふ風が身にしみるわ。そち達は奧へ行つて夕飯の支度、燈火《あかり》の用意でもせい。
二人 あい。
[#ここから5字下げ]
(桂と楓は起つて奧に入る。)
[#ここで字下げ終わり]
[#ここから改行天付き、折り返して1字下げ]
夜叉王 なう、春彦。妹とは違うて氣がさの姉ぢや。同じ屋根の下に起き臥しすれば、一年三百六十日、面白からぬ日も多からうが、何事もわしに免じて料簡せい。あれを産んだ母親は、そのむかし、都の公家衆《くげしゆ》に奉公したもの、縁あつてこの夜叉王と女夫《めをと》になり、あづまへ流れ下つたが、育ちが育ちとて氣位高く、職人風情に連れ添うて、一生むなしく朽ち果るを悔みながらに世を終つた。その腹を分けた姉妹、おなじ胤とはいひながら、姉は母の血をうけて公家|氣質《かたぎ》、妹は父の血をひいて職人氣質、子の心がちがへば親の愛も違うて、母は姉|贔屓《びいき》、父は妹贔屓。思ひ/\に子どもの贔屓爭ひから、埓もない女夫喧嘩などしたこともあつたよ。はゝゝゝゝゝ。
春彦 さう承はれば桂どのが、日ごろ職人をいやしみ嫌ひ、世にきこえたる殿上人か弓取ならでは、夫に持たぬと誇らるゝも、母御の血筋をつたへし爲、血は爭はれぬものでござりまするな。
夜叉王 ぢやによつて、あれが何を云はうとも、滅多に腹は立てまいぞ。人を人とも思はず、氣位高う生れたは、母の子なれば是非がないのぢや。
[#ここから5字下げ]
(暮の鐘きこゆ。奧より楓は燈臺を持ちて出づ。)
[#ここで字下げ終わり]
[#ここから改行天付き、折り返して1字下げ]
春彦 おゝ、取紛れて忘れてゐた。これから大仁《おほひと》の町まで行つて、このあひだ誂へて置いた鑿《のみ》と小刀《さすが》をうけ取つて來ねばなるまいか。
かへで けふはもう暮れました。いつそ明日にしなされては……。
春彦 いや、いや、職人には大事の道
前へ 次へ
全17ページ中4ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
岡本 綺堂 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング