も……。
夜叉王 いや、それも時の運ぢや、是非もない。姉にはまた姉の覺悟があらうよ。
［＃ここから５字下げ］
（寺鐘と陣鐘とまじりてきこゆ。楓は起ちつ居つ、幾たびか門に出でゝ心痛の體。向ふより春彦走り出づ。）
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かへで おゝ、春彦どの。待ちかねました。
春彦 寄手《よせて》は鎌倉の北條方、しかも夜討の相談を、測らず木かげで立聽きして、其由を御注進申上げうと、修禪寺までは駈け付けたが、前後の門はみな圍まれ、翼なければ入ることかなはず、殘念ながらおめ／＼戻つた。
かへで では、姉樣の安否も知れませぬか。
春彦 姉はさて措いて、上樣の御安否さへもまだ判らぬ。小勢ながらも近習の衆が、火花をちらして追つ返しつ、今が合戰最中ぢや。
夜叉王 なにを云ふにも多勢に無勢、御所方とても鬼神ではあるまいに、勝負は大方知れてある。とても逃れぬ御運の末ぢや。蒲殿といひ、上樣と云ひ、いかなる因縁かこの修禪寺には、土の底まで源氏の血が沁みるなう。
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（寺鐘烈しくきこゆ。春彦夫婦は再び表をうかゞひ見る。）
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かへで おゝ、おびたゞしい人の足音……。鎬《しのぎ》を削る太刀の音……。
春彦 こゝへも次第に近《ちかづ》いてくるわ。
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（桂は頼家の假面を持ちて顏には髮をふりかけ、直垂を着て長卷を持ち、手負の體にて走り出で、門口に來りて倒る。）
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春彦 や、誰やら表に……。
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（夫婦は走り寄りて扶け起し、庭さきに伴ひ入るれば、桂は又倒れる。）
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春彦 これ、傷は淺うござりまするぞ。心を確に持たせられい。
かつら （息もたゆげに）おゝ妹……。春彦どの……。父樣はどこにぢや。
夜叉王 や、なんと……。
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（夜叉王は怪みて立ちよる。桂は顏をあげる。みな／＼驚く。）
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春彦 や、侍衆とおもひの外……。
夜叉王 おゝ、娘か。
かへで 姉さまか。
春彦 して、この體は……。
かつら 上樣お
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