や。
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(遠近にて寢鳥のおどろき起つ聲。下田五郎は橋を渡りて出づ。)
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五郎 常はさびしき山里の、今宵は何とやらん物さわがしく、事ありげにも覺ゆるぞ。念のために川の上下《かみしも》を一わたり見廻らうか。
春彦 五郎どのではおはさぬか。
五郎 おゝ、春彦か。
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(春彦は近《ちかづ》きてさゝやく。)
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五郎 や、なんと云ふ。金窪の參入は……。上樣を……。しかと左樣か。むゝ。
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(五郎はあわたゞしく引返しゆかんとする時、橋の上より軍兵一人長卷をたづさへて出で、無言にて撃つてかゝる。五郎は拔きあはせて、忽ち斬つて捨つ。軍兵數人、上下より走り出で、五郎を押つ取りまく。)
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五郎 やあ、春彦。こゝはそれがしが受け取つた。そちは御座所へ走せ參じて、この趣を注進せい。
春彦 はつ。
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(春彦は橋をわたりて走り去る。五郎は左右に敵を引き受けて奮鬪す。)
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       (三)

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もとの夜叉王の住家。夜叉王は門にたちて望む。修禪寺にて早鐘を撞く音きこゆ。
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(向ふより楓は走り出づ。)
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かへで 父樣。夜討ぢや。
夜叉王 おゝ、むすめ。見て戻つたか。
かへで 敵は誰やらわからぬが、人數はおよそ二三百人、修禪寺の御座所へ夜討をかけましたぞ。
夜叉王 俄にきこゆる人馬の物音は、何事かと思うたに、修禪寺へ夜討とは……。平家の殘黨か、鎌倉の討手か。こりや容易ならぬ大變ぢやなう。
かへで 生憎に春彦どのはありあはさず、なんとしたことでござりませうな。
夜叉王 我々がうろ/\立騷いだとてなんの役にも立つまい。たゞその成行を觀てゐるばかりぢや。まさかの時には父子が手をひいて立退くまでのこと。平家が勝たうが、源氏が勝たうが、北條が勝たうが、われ/\にかゝり合ひのないことぢや。
かへで それぢやと云うて不意のいくさに、姉樣はなんとなされうか。もし逃げ惑うて過失《あやまち》で
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