に[#「吹き消すやうに」は底本では「消き吹すやうに」]止みましたは……。
頼家 人やまゐりし。心をつけよ。
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(金窪兵衞尉行親、三十餘歳。烏帽子、直垂《ひたゝれ》、籠手、臑當にて出づ。)
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行親 上《うへ》、これに御座遊ばされましたか。
頼家 誰ぢや。
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(桂は燈籠をかざす。頼家透しみる。)
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行親 金窪行親でござりまする。
頼家 おゝ、兵衞か。鎌倉表より何としてまゐつた。
行親 北條殿のおん使に……。
頼家 なに、北條殿の使……。扨《さて》はこの頼家を討たうが爲な。
行親 これは存じも寄らぬこと。御機嫌伺ひとして行親參上、ほかに仔細もござりませぬ。
頼家 云ふな、兵衞。物の具に身をかためて夜中《やちゆう》の參入は、察するところ、北條の密意をうけて予を不意撃にする巧みであらうが……。
行親 天下やうやく定まりしとは申せども、平家の殘黨ほろび殲《つく》さず。且は函根より西の山路《やまぢ》に、盜賊ども徘徊する由きこえましたれば、路次《ろじ》の用心として斯樣にいかめしう扮裝《いでた》ち申した。上に對したてまつりて、不意撃の狼藉なんど、いかで、いかで……。
頼家 たとひ如何やうに陳ずるとも、憎き北條の使なんどに對面無用ぢや。使の口上聞くにおよばぬ。歸れ、かへれ。
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(行親は騷がず。しづかに桂をみかへる。)
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行親 これにある女性《によしやう》は……。
頼家 予が召仕ひの女子《をなご》ぢやよ。
行親 おん謹みの身を以て、素性も得知れぬ賤しの女子どもを、おん側近う召されしは……。
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(桂は堪へず、すゝみ出づ。)
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かつら 兵衞どのとやら、お身は卜者《うらや》か人相見か。初見參《うひげんざん》のわらはに對して、素性賤しき女子などと、迂濶に物を申されな。妾は都のうまれ、母は殿上人にも仕へし者ぞ。まして今は將軍家のおそばに召されて、若狹の局とも名乘る身に、一應の會釋もせで無禮の雜言《ざふごん》は、鎌倉武士といふにも似ぬ、さ
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