《あね》さまの気質、逆ろうては悪い。いさかいはもう止してくだされ。
春彦 その気質を知ればこそ、日ごろ堪忍していれど、あまりと言えば詞《ことば》が過ぐる。女房の縁につながりて、姉と立つればつけ上り、ややもすればわれを軽しむる面憎《つらにく》さ。仕儀によっては姉とは言わさぬ。
かつら おお、姉と言われずとも大事ござらぬ。職人風情を妹婿に持ったとて、姉の見得《みえ》にも手柄にもなるまい。
春彦 まだ言うか。
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(春彦はまたつめ寄るを、楓は心配して制す。この時、細工場の簾のうちにて、父の声。)
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夜叉王 ええ、騒がしい。鎮《しず》まらぬか。
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(これを聴きて春彦は控える。楓は起って蒲簾をまけば、伊豆の夜叉王、五十余歳、烏帽子《えぼし》、筒袖《つつそで》、小袴にて、鑿《のみ》と槌《つち》とを持ち、木彫の仮面《めん》を打っている。膝《ひざ》のあたりには木の屑《くず》など取り散らしたり。)
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春彦 由なきことを言い募
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