脾腹から胸へかけて俄かに強く痛み出した。鯉か鱸か知れない魚に撲たれた痕が先刻からときどきに痛むのを、お供先では我慢していたのであるが、家へ帰って気がゆるんだせいか、この時いっそう強く痛んで来て、熱もすこし出たらしいので、かれは夕飯も食わずに寝床に転げ込んでしまった。家内のものは心配して医者を呼ぼうかと言ったが、あしたになれば癒るであろうとそのままにして寝ていると、その枕もとへ三上治太郎がたずねて来た。
「福井の奴が鐘を見たというのがどうも腑に落ちない。これから出直して行って、もう一度探ってみようと思うが、どうだ。」
彼はこれから鐘ヶ淵へ引っ返して行って、その実否をたしかめるために、ふたたび淵の底にくぐり入ろうというのであった。大原はそんなことをするには及ばないといって再三止めた。またどうしてもそれを実行するとしても、なにも今夜にかぎったことではない。昼でさえも薄暗い淵の底に夜中くぐり入るのは、不便でもあり、危険でもある。天気のいい日を見定めて、白昼のことにしたらよかろうと注意したが、三上はそれが気になってならないから、どうしても今夜を過されないと言い張った。
「おれの見損じか、福井の
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