ので、県令からも幾らかの褒美が出た。王の家でも自分の墓所に他人の死体が合葬されているのを発見することが出来たのは、やはり李香のおかげであるといって、彼に相当の謝礼を贈った。県令の褒美はもちろん形ばかりの物であったが、王家は富豪であるからかなりの贈り物があったらしい。」
「こうなると、幽霊もありがたいね。」
「まったくありがたい。おまけにそれが評判になって、包孝粛の芝居は大入りというのだから、李香は実に大当りさ。李香の包孝粛がその人物を写し得て、いかにも真に迫ればこそ、冤鬼《えんき》も訴えに来たのだろうということになると、彼の技芸にも箔《はく》が付くわけで、万事が好都合、李香にとっては幽霊さまさまと拝み奉ってもよいくらいだ。彼はここで一ヵ月ほども包孝粛を打ちつづけて、懐ろをすっかり膨《ふく》らせて立去った――と、ここまでの事しか土地の者も知らないらしく、今でもその噂が炉畔の夜話に残っているそうだが、さてその後談だ。それから李香はやはり包孝粛を売物にして、各地を巡業してあるくと、広東の一件がそれからそれへと伝わって――もちろん、本人も大いに宣伝したに相違ないが、到るところ大評判で興行成績も頗《すこぶ》るいい。今までは余り名の売れていない一個の旅役者に過ぎなかった彼が、その名声も俄かにあがって、李香が包孝粛を出しさえすれば大入りはきっと受合いということになったのだから偉いものさ。こうして三、四年を送るあいだに、彼は少からぬ財産をこしらえてしまった。なにしろ金はある。人気はある。かれは飛ぶ鳥も落しそうな勢いでこの杭州へ乗込んで来ると、ここの芝居もすばらしい景気だ。しかし、人間はあまりトントン拍子にいくと、とかくに魔がさすもので、李香はこの杭州にいるあいだに不思議な死に方をしてしまった。」
「李香は死んだのか。」
「それがどうも不思議なのだ。李香はこの西湖のほとりの、我れわれがさっき参詣して来た蘇小小の墓の前に倒れて死んでいたのだ。からだには何の傷のあともない。ただ眠るが如く死んでいるのだ。さあ、大騒ぎになったのだが、彼がなぜこんなところへ来て死んでしまったのか、一向に判らない。なにしろ人気役者が不思議な死に方をしたのだから、世間の噂はまちまちで、種々さまざまの想像説も伝えられたが、もとより取留めた証拠がある訳ではない。しかしその前日の夜ふけに、彼が凄いほど美しい女と手をたず
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