の後、どこにも滅多《めった》に空家のあろうはずはなく、さんざん探し抜いた揚句の果に、河野義博君の紹介でようようここに落付くことになったのは、まだしもの幸いであるといわなければなるまい。これでともかくも一時の居どころは定まったが、心はまだ本当に定まらない。文字通りに、箸一つ持たない丸焼けの一家族であるから、たとい仮住居にしても一戸を持つとなれば、何かと面倒なことが多い。ふだんでも冬の設けに忙がしい時節であるのに、新世帯持の我々はいよいよ心ぜわしい日を送らなければならなかった。
今度の家は元来が新しい建物でない上に、震災以来|殆《ほとん》どそのままになっていたので、壁はところどころ崩れ落ちていた。障子も破れていた。襖《ふすま》も傷《いた》んでいた。庭には秋草が一面に生いしげっていた。移転の日に若い人たちがあつまって、庭の草はどうにか綺麗に刈り取ってくれた。壁の崩れたところも一部分は貼ってくれた。襖だけは家主から経師屋《きょうじや》の職人をよこして応急の修繕をしてくれたが、それも一度ぎりで姿をみせないので、家内総がかりで貼り残しの壁を貼ることにした。幸いに女中が器用なので、先《ま》ず日本紙
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