すこぶ》る困難であった。甲の男のかかえて来るチャブ台に突き当るやら、乙の女の提《さ》げてくる風呂敷づつみに擦れ合うやら、ようようのことで安田銀行支店の角まで帰り着いて、人通りのやや少いところで袖の下からかの花を把《と》り出して、電灯のひかりに照らしてみると、寒菊は先ず無難であったが、梅は小枝の折れたのもあるばかりか、花も蕾もかなりに傷《いた》められて、梶原源太が箙の梅という形になっていた。
「こんなことなら、明日の朝にすればよかった。」
この源太は二度の駈《かけり》をする勇気もないので、寒菊の無難をせめてもの幸いに、箙の梅をたずさえて今夜はそのまま帰ってくると、家には中嶋が来て待っていた。
「渋谷の道玄坂辺は大変な繁昌で、どうして、どうして、この辺どころじゃありませんよ」と、彼はいった。
「なんといっても、焼けない土地は仕合せだな。」
こういいながら、わたしは梅と寒菊とを書斎の花瓶にさした。底冷えのする宵である。
[#地から1字上げ](十二月二十三日)
三 明治座
この二、三日は馬鹿に寒い。今朝は手水鉢《ちょうずばち》に厚い氷を見た。
午前八時頃に十番の通りへ出てみ
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