を明けると、何か知らないがポンポンパチパチいう音が聞える。父は鉄砲の音だという。母は心配する、姉は泣き出す。父は表へ見に出たが、やがて帰って来て「何でも竹橋内《たけばしうち》で騒動が起ったらしい。時々に流丸《ながれたま》が飛んで来るから戸を閉めておけ」という。私は衾《よぎ》を被って蚊帳《かや》の中に小さくなっていると、暫《しば》らくしてパチパチの音も止《や》んだ。これは近衛兵の一部が西南役の論功行賞に不平を懐《いだ》いて、突然暴挙を企てたものと後《のち》に判った。
やはりその年の秋と記憶している。毎夜東の空に当って箒星《ほうきぼし》が見えた。誰《たれ》がいい出したか知らないが、これを西郷星と呼んで、先頃のハレー彗星《すいせい》のような騒ぎであった。終局《しまい》には錦絵まで出来て、西郷・桐野・篠原らが雲の中に現れている図などが多かった。
また、その頃に西郷鍋というものを売る商人《あきんど》が来た。怪しげな洋服に金紙《きんがみ》を着けて金モールと見せ、附髭《つけひげ》をして西郷の如く拵《こし》らえ、竹の皮で作った船のような形の鍋を売る、一個一銭。勿論、一種の玩具《おもちゃ》に過ぎない
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