れがまた大変の人気役者で、女客の七分はこの六三郎を見に来るというような有様でしたが、そのうちでも特別に六三郎を贔屓にしたのは、お初という女で……。年齢は二十五六だったそうですが、色の浅黒い、細おもての小粋な女で、今こそこんな田舎に引っ込んでいますが、生まれはやはり江戸で、清元などをよく語ったそうです。
 そんな風ですから、田の草を取っている在所の娘さん達とは自然と肌合いも違いましょうし、その上に両方とも江戸者同士ですから、六三郎とも調子が合って、話もだんだんに面白くなって来たんですね。人気稼業はしていても、まだ十六の六三郎ですから、江戸にいた頃には一度も浮いた噂を聞かなかったのですが、どうもこの頃は様子がおかしいと、一座のうちでも年嵩《としかさ》の者は眼をつけるようになりました。子供達にさえそう見えたのですから、小屋ぬしの目にも耳にもはいらない筈はありません。関係者一同はだいぶ心配を始めました。というのは相手が悪い。
 このお初は鰍沢《かじかざわ》の吉五郎という博奕打ちの妾でした。吉五郎はここら切っての大親分で、子分の二百人も持っているという男で、それはそれは大した威勢だったそうです。
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