たのですが、それでも途中で気がついて、ふところに忍ばせてある落城の譜の一巻を竊《そっ》と路ばたの川のなかへ投げ込みました。夜のことで、幸いに誰にも覚られず、殊にそこは山川の流れがうず巻いて、深い淵のようになっている所であったので、巻物は忽ちに底ふかく沈んでしまいました。

       三

 城内へ引っ立てられて、森垣さんは厳重の吟味をうけましたが、月のよいのに浮かれて山へのぼり、低く吹いているつもりの貝の音が次第に高くなって、お城の内外をさわがしたる罪は重々おそれ入りましたと申立てたばかりで、落城の譜のことはなんにも云いませんでした。家老はどうも普通の貝の音でないと云うのですが、所詮は素人で、それがなんの譜であるかと云うことは確かに判りません。もと/\秘曲のことですから、ほかに知っている者のあろう筈はありません。もしそれが落城の譜であると知れたら、どんな重い仕置をうけるか判らなかったのですが、何分にも無証拠ですから、森垣さんはとう/\強情を張り通してしまいました。それでも唯では済みません。夜中みだりに貝を吹きたてゝ城下をさわがしたという廉で、お役御免のうえに追放を申渡されました。

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