まりました。島へ行ってから何うしたか知りませんが、おそらく赦《しゃ》に逢って帰ったろうと思います。
[#改段]

置いてけ堀

       一

「躑躅《つゝじ》がさいたら又おいでなさい。」
 こう云われたのを忘れないで、わたしは四月の末の日曜日に、かさねて三浦老人をたずねると、大久保の停車場のあたりは早いつゝじ見物の人たちで賑っていた。青葉の蔭にあかい提灯や花のれんをかけた休み茶屋が軒をならべて、紅い襷の女中達がしきりに客を呼んでいるのも、その頃の東京郊外の景物の一つであった。暮春から初夏にかけては、大久保の躑躅が最も早く、その次が亀戸《かめいど》の藤、それから堀切《ほりきり》の菖蒲という順番で、そのなかでは大久保が比較的に交通の便利がいゝ方であるので、下町からわざ/\上《のぼ》ってくる見物もなか/\多かった。藤や菖蒲は単にその風趣を賞するだけであったが、躑躅には色々の人形細工がこしらえてあるので、秋の団子坂の菊人形と相対して、夏の大久保は女子供をひき寄せる力があった。
 ふだんは寂しい停車場にも、きょうは十五六台の人車《くるま》が列んでいて、つい眼のさきの躑躅園まで客を送って行こ
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