しかし前後の模様から考えると、どうも物取りの仕業ではないらしい。桂斎先生に対して何かの意趣遺恨のあるものだろうという鑑定で、町方《まちかた》でもそれ/″\に探索にかゝりました。さあ、これからは半七さんの縄張りで、わたくし共にはよく判りませんが、なにか抜きさしのならない証拠が挙ったとみえて、その下手人は間もなく召捕られました。それを召捕ったのが前にもいう通り、半七さんの養父の吉五郎という人です。
 その下手人はまだ前髪のある年季小僧で、人形町通りの糸屋に奉公している者でした。名は久松――丁稚《でっち》小僧で久松というと、なんだか芝居にでも出て来そうですが、本人は明けて十五という割に、からだの大きい、眼の大きい、見るから逞しそうな小僧だったそうです。しかし運のわるい子で、六つの年に男親に死別れて、姉のおつねと姉弟《きょうだい》ふたりは女親の手で育てられたのです。勿論、株家督《かぶかとく》があるというでは無し、芳町のうら店《だな》に逼塞して、おふくろは針仕事や洗濯物をして、細々にその日を送っているという始末ですから、久松は九つの年から近所の糸屋へ奉公にやられ、姉は十三の年から芝口の酒屋へ子守
前へ 次へ
全239ページ中49ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
岡本 綺堂 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング