の家でもおどろいて、取りあえず片門前に住んでいるおふくろの所へ聞きあわせに遣ると、おふくろも知らないで、唯おどろいているばかりです。
「お金の奴め、とう/\あの侍と駈落をきめやあがった。」
近所ではその噂で持切っていました。なにしろ神明で評判者の矢飛白が不意に消えてなくなったのですから、やれ駈落だの心中だのと、それからそれへと尾鰭をつけて色々のことを云いふらす者もあります。とりわけて心配したのは矢場の主人《あるじ》で、呼び物のお金がいなくなっては早速に商売に障るので、心あたりをそれ/″\に詮議しましたが何うも判らない。勿論その若侍もそれぎり姿をみせない。それから考えると、どうしてもその若侍がお金をさそい出したものと思われるのも無理はありません。
それから一月あまりも過ぎて、三月はじめの暖かい晩のことです。彼の若侍がふらりと遣って来て、神明の境内をひやかして歩いて、お金の矢場の前に立ったのを、地廻り連が見つけたので承知しません。殊にそのなかには二三人のごろつきもまじっていたから、猶たまりません。
「ひとの店の女を連れ出せば拐引《かどわかし》だ。二本指でも何でも容赦が出来るものか。」
前へ
次へ
全239ページ中226ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
岡本 綺堂 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング