分も正月の末から持病のリュウマチスで寝たり起きたりしていたが、此頃はよほど快《よ》くなったとのことであった。そう聞くと、自分の怠慢がいよ/\悔まれるような気がして、わたしはその返事をうけ取った翌日の朝、病気見舞をかねて大久保へ第二回の訪問を試みた。第一回の時もそうであったが、今度はいよ/\路がわるい。停車場から小一町をたどるあいだに、わたしは幾たびか雪解のぬかるみに新しい足駄を吸取られそうになった。目おぼえの杉の生垣の前まで行き着いて、わたしは初めてほっとした。天気のいい日で、額には汗が滲んだ。
「この路の悪いところへ……。」と、老人は案外に元気よくわたしを迎えた。「粟津の木曽殿で、大変でしたろう。なにしろこゝらは躑躅《つゝじ》の咲くまでは、江戸の人の足|蹈《ぶ》みするところじゃありませんよ。」
 まったく其頃の大久保は、霜解と雪解とで往来難渋の里であった。そのぬかるみを突破してわざ/\病気見舞に来たというので、老人はひどく喜んでくれた。リュウマチスは多年の持病で、二月中は可なりに強く悩まされたが、三月になってからは毎日起きている。殊にこの四五日は好い日和がつゞくので、大変に体《からだ
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