はりそれを振りまわしたに相違ない。木刀をぬいたのは勿論わるいが、それらの事情をかんがえたら、特に一方のみを厳しく折檻するのは酷である。こう思うと、かれの不満は依然として消えないのです。
 もう一つには、こゝへ稽古にくる武家の子どもは、武士と云っても、貧乏旗本や小身の御家人の子弟が多い。町家の子どもの親達は、彼の三河屋をはじめとして皆相当の店持ですから、名こそ町人であるがその内証は裕福です。したがって、その親たちが平生から色々の附届けをするので、師匠もかれらの贔屓をするのであろうという、一種の僻《ひが》みも幾分かまじっているのです。それやこれやで、大塚は市川さんの説明を素直に受け入れることが出来ない。仕舞にはだん/\に忌味《いやみ》を云い出して、当世は武士より町人の方が幅のきく世の中であるから、せい/″\町人の御機嫌を取る方がよかろうと云うようなことを仄《ほの》めかしたので、市川さんは立腹しました。
 くどくも云うようですが、黒鍬というのは御家人のうちでも身分の低い方で、人柄もあまりよくないのが随分ありました。大塚などもその一人で、表面はどこまでも下手に出ていながら、真綿で針を包んだよう
前へ 次へ
全239ページ中155ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
岡本 綺堂 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング