には余り評判がよくなかった。藤崎さんも年の割には眼が肥えているから、どうも権十郎を好かない。いや、好かないのを通り越して、あんな俳優は嫌いだと不断から云っているくらいでした。
その権十郎が今度の狂言では合邦《がっぽう》と立場《たてば》の太平次をするのですから、権ちゃん贔屓は大涎れですが、藤崎さんは少し納まりません。権十郎が舞台へ出るたびに、顔をしかめて舌打をしていましたが、仕舞にはだん/\に夢中になって、口のうちで、「あゝまずいな、まずいな。下手な奴だな。この大根め」などと云うようになった。それが同じ枡の人たちの耳に這入ると、四人連れのうちの若いおかみさんと妹娘とが顔の色を悪くしました。この女たちは大の権ちゃん贔屓であったのです。そのとなりに坐っていて、権十郎はまずいの、下手だのとむやみに罵っているのだから堪りません。おかみさんも仕舞には顳※[#「需+頁」、第3水準1−94−6]《こめかみ》に青い筋をうねらせて、自分の亭主にさゝやくと、めん鶏勧めて雄鶏が時を作ったのか、それとも亭主もさっきから癪に障っていたのか、藤崎さんにむかって「狂言中はおしずかに願います。」と咎めるように云いまし
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