そんな偶然はあり勝のことではあろうが、この場合、かれと我とのあいだに何か一種の糸が繋がってゞもいるように思われないこともなかった。かれはどういう人であろうかと、私はあるきながら想像した。かれは老人の親戚であろうか、知人の細君か未亡人であろうか。それとも――老人がむかしの恋人ではあるまいか――斯うかんがえて来たときに、わたしは思わず微笑して自分の空想を嘲《あざけ》った。
いずれにしても、来客のあるところへ押掛けてゆくのは良くない。いっそ引返そうかとも思ったが、雨にふり籠められ、雷《らい》におびやかされ、ぬかるみを辿ってこゝまで来たことを考えると、このまゝ空しく帰る気にもなれなかったので、わたしは邪魔をするのを承知の上で、思い切ってそのあとから門をくゞることにした。雨もやみ、傘を持っているにも拘らず、停車場から僅かの路を人車《くるま》に乗ってくるようでは、かの老女もあまり生活に困らない人であろうなどと、わたしは又想像した。
門を這入って案内を求めると、おなじみの老婢《ばあや》が出て来た。いつもは笑って私を迎える彼女が、きょうは少し迷惑そうな顔をして、その返事に躊躇しているようにもみえるので、わたしは今更に後悔して、やはり門前から引返せばよかったと思ったが、もう何うすることも出来ないので、奥へ取次ぎにゆく彼女のうしろ姿を気の毒のような心持で見送っていると、やがて彼女《かれ》は再び出て来て、いつもの通りにわたしを案内した。
「御用のお客様じゃないのでしょうか。お邪魔のようならば又うかゞいますが……。」と、わたしは遅まきながら云った。
「いいえ、よろしいそうでございます。どうぞ。」と、老婢は先に立って行った。
いつもの座敷には、あるじの老人と客の老女とが向い合っていた。老女はわたしの顔をみて、これも一種の不思議を感じたように挨拶した。停車場で出逢った話をきいて、三浦老人も笑い出した。
「はゝあ、それは不思議な御縁でしたね。むかしから雨宿りなぞというものは色々の縁をひくものですよ。人情本なんぞにもよくそんな筋があるじゃありませんか。」
「それでもこんなお婆さんではねえ。」
老女は声をあげて笑った。年にも似合わない華やかな声がわたしの注意をひいた。
「先刻《さっき》はまことに失礼をいたしました。」と、女はかさねて云った。「わたくしはかみなり様が大嫌いで、ごろ/\と云うとす
前へ
次へ
全120ページ中92ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
岡本 綺堂 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング