きの老人はいつもながら仕事に忙がしそう也《なり》。お冬さんは店の前を掃いている。籠の小鳥が騒々《そうぞう》しいほどさえずる。お冬さんの顔色ひどく悪し、なんだか可哀そう也――。
六兵衛老人のことも、お冬という女のことも、前にはちっとも書いてないので、わたしも一時は判断に苦しんだが、その後の記事を読んでゆくうちに、お冬さんというのは老人のひとり娘で、ちょっと目をひく若い女であることが想像された。森君は毎日この店へ遊びに行って、親子と懇意になっていたらしい。
五日、晴。涼し。――お冬さんは別に身体が悪いのでもないよう也。ほかに何か苦労があるらしく思わる。予の隣りの大きい旅館に滞在せる二十六、七の青年紳士も、朝夕にたびたびここの店に立寄って、お冬さんに親しく冗談などいう。お冬さんの顔色の悪きは、あるいは彼になにかの関係があるのではないかとも疑わる。――午後六時ごろ再び散歩。六兵衛老人の店先に腰をかけていると、かの青年紳士は小せんという町の芸妓を連れて威張って通る。お冬さんの眼の色いよいよ嶮《けわ》しくなる。これにて一切の秘密判明。紳士は磯貝満彦といいて、東京の某実業家の息子なる由《よし
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