みもだ》えして泣き狂っている彼女を慰めていたわって、再び挽地物屋の店へ連れて帰った。しかしお冬の家は親ひとり子ひとりで、その親は拘引されている。そのあき巣に娘ひとりを残して置いては、なんどきまた何事を仕出かすかも知れないという不安があるので、森君はお冬を自分の宿屋へ連れて帰って、主人にあらましの訳を話して、当分はここに置いてもらうことにした。
八月十二日の日記はこれで終っている。田島はその翌あさ帰った。それから十九日まで一週間の日記は甚だ簡単で、しかもところどころ抹殺してあるので殆ど要領を得ない。しかしお冬がその日まで森君の宿屋に一緒に泊っていたことは事実である。森君はあまり綿密に日記をつけている暇がなかったらしい。八月二十日以後の日記にはこういう記事が見えた。
二十日、晴。けさは俄かに秋風立つ。午後一時ごろに六兵衛老人は宇都宮から突然に帰って来る。おどろいてきけば、殺人の嫌疑は晴れたる由。老人はその以外には口をつぐんでなんにも言わず。お冬さんは嬉し涙をこぼして自分の家へ帰る。予も一緒に行く。近所の人たちも見舞に来る。めでたきこと限りなし。――夜七時頃にお冬さんがたずねて来て、二
前へ
次へ
全28ページ中23ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
岡本 綺堂 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング