うことを確かめて、高い値を払ってその卵を手に入れたが、それをどうして育ててよいか見当がつかないので、彼は六兵衛のところへ持って来て頼んだのであった。頼まれて六兵衛もさすがにおどろいた。ほかの鳥ならばなんでも引受けるが、慈悲心鳥の飼い方ばかりは彼にも判らなかった。しかも生れつきの強情と、強い自信力とがひとつになって、彼はとうとうそれを受合った。育ったらば東京へ報らしてくれ、受取りの使いをよこすからと約束して、磯貝は二百円の飼育料を六兵衛にあずけて帰った。
 名山の霊鳥を捕るというのが怖ろしい、更にそれを人間の手に飼うというのは勿体ないと、妻のお鉄と娘のお冬とがしきりに意見したが、六兵衛はどうしても肯《き》かなかった。かれは深い興味をもってその飼い方をいろいろに工夫した。そうして、どうやらこうやら無事に卵を孵《かえ》したが、雛は十日ばかりで斃《たお》れてしまったので、かれの失望よりも妻の恐怖の方が大きかった。お鉄はその後一種の気病《きや》みのように床について、ことしの三月にとうとう死んだ。磯貝から受取った二百円の金は、妻の長煩《ながわず》らいにみな遣ってしまって、六兵衛の身には殆ど一文も付
前へ 次へ
全28ページ中19ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
岡本 綺堂 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング