彼は五両の金を差出したが、お安は金を貰いに来たのではないといって、その金を投げ返した。
 どうにもこうにも手がつけられないので、結局は又もや喧嘩となった。
 それを聞き付けた宿の者どもが寄って来て、たけり狂うお安を取押えて無理に表へ突き出してしまった。
「考えてみれば可哀そうなようでもありますが、何をいうにも半気違いのようになっていて、人の言うことが判らないので困ります。」と、四郎兵衛は話し終って又もや溜息をついた。
「それじゃあ、あしたも又来やあしないかね。」と、お杉も溜息まじりに言った。
「来るかも知れません。」
「こうと知ったら江の島なんぞへ来るのじゃあなかったねえ。」
「お安の叔母が藤沢にいるとは聞いてもいましたが、今じゃあすっかり忘れてしまって、うっかり来たのが間違いでした。」
「あしたは早朝にここを発って[#「発って」は底本では「発つて」]、鎌倉をまわって帰ろうよ。」
「それに限ります。」と、義助も言った。
「早く夜が明ければいいねえ。」と、お杉は言った。
 雨天ならばあしたも逗留という予定を変更して、雨が降ろうが、風が吹こうが、あしたは早々に出発と相談を決めて、三人はとも
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