。」と、お杉は念のために訊いた。
「二十二、三の人で、藤沢から来たといえば判るということでございました。この雨のなかをびしょ濡れになって……。」
二人はいよいよ薄気味悪くなった。この雨のなかをびしょ濡れになって藤沢から追って来た以上、なにかの覚悟があるに相違ない。今度はさざえの殻ぐらいでなく、短刀か匕首《あいくち》でも忍ばせて来たかも知れない。それを思うと、二人は魔物に魅《みこ》まれたように怖ろしくなって来た。
「どうしたもんだろう。」と、お杉は途方に暮れたようにささやいた。
「そうですねえ。」
義助も返事に困ったが、この場合、家来の身として主人の矢おもてに立つのほかはないと決心した。
「よろしゅうございます。わたくしが行って、どんな用か聞いてみましょう。」
「お前、気をおつけよ。」と、お杉は不安らしく言った。
思い切って起《た》ち上がろうとする義助を、四郎兵衛は呼びとめた。彼はいつのまにか目を醒ましていたのである。
「義助、お待ち……。藤沢から来た女はわたしが会おう。」
「いいかえ。お前が会っても……。」と、お杉はいよいよ不安らしく言った。
「義助はなんにも知らないのですから、
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