言ったそうだが……。」と。庄五郎は意味ありげに言った。「四郎兵衛さんにも何か怨まれる訳があるのだろう。ともかくも再び藤沢を通らない方が無事だ。」
「お前さんはいつお帰りです。」と、義助は訊いた。
「わたし達はあした帰る。お前たちも一緒に連れて行ってやりたいが、藤沢の一件があるから道連れは困る。又ぞろ何かの間違いがあると、わたしばかりでなく、講中一同が迷惑する。お前たちは鎌倉をまわって帰りなさい。」
 繰返して言い聞かせて、庄五郎は恵比寿屋の門口《かどぐち》で義助に別れた。その意味ありげな言葉によって想像すると、お安という女が四郎兵衛を悩ましたのは、気違いでなく、人違いでなく、何か相当の子細があるに相違ないと義助は思った。
 小泉の店は旧家で、大名屋敷や旗本屋敷へも出入りをしている。菓子商売のほかに地所や家作《かさく》を持っていて、身上《しんしょう》もいい。主人はまだ若い。四年前に嫁を貰って無事に暮らしているが、独り者の頃には多少の道楽もしたように聞いている。世間によくあるためしで、主人は船宿の女と夫婦《みょうと》約束でもして置きながら、それを反古《ほご》にして他から嫁を貰った。お安とい
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