流の温泉宿で、座敷代と米代と炭代と電燈代と夜具代だけを支払って、一種の自炊生活をしている女学生らに対して、この真夏にいい座敷を貸してくれる筈はなかった。かれらの占領している二間は下座敷のどん詰まりで、横手の空地《あきち》には型ばかりの粗い竹垣を低く結いまわして、その裾には芒《すすき》や葉鶏頭が少しばかり伸びていた。かれらが忌《いや》がっているのは、その竹垣の外に細い路があって、それが斜《はす》にうねって登って、本街道の往還へ出る坂路につながっていることであった。もし何者かがその坂路を降りて来て、さらに細い路を斜めにたどって来ると、あたかもかの竹垣の外へゆき着いて、さらに又ひと跨ぎすれば安々とこの座敷に入り込むことが出来る。田舎のことであるから大丈夫とは思うものの、不用心といえばたしかに不用心であった。ことに若い女ばかりが滞在しているのであるから、昼間はともかく夜がふけては少し気味が悪いかも知れないと思いやられた。
 その隣りへ、こっちの三人が今夜泊まりあわせたので、かれらは余ほど気丈夫になったらしく見えた。そうなると、こちらもなんだか気の毒にもなったのと、相手が若い女達であるのとで、む
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