あとに残って為子の看護をすることになった。柳子は警察へ一度よばれて、何かの取り調べをうけた。警察ではあくまでも犯罪者を探り出そうとしているのを、遠泉君は無用の努力であるらしく考えた。
 田宮はその以来ひどく元気をうしなって、半病人のようにぼんやりしているのが、連れの者に取っては甚だ不安の種であった。為子はだんだんに回復して、遠泉君らが出発する前日に、とうとう警察へ召喚されたが、そのまま無事に戻された。出発の朝、三人は海岸へ散歩に出ると、かのあばた蟹は一匹も形を見せなかった。

 東京へ帰ってからも、田宮はひと月以上もぼんやりしていた。彼は病気の届けを出して、自分の会社へも出勤しなかったが、九月の末になって世間に秋風が立った頃に、久し振りで遠泉君のところへ訪ねて来た。この頃ようよう気力を回復して二、三日前から会社へ出勤するようになったと言った。
「君はあの児島亀江という女学生と何か関係があったのか。」と、遠泉君は訊いた。
「実はかつて一度、帝劇の廊下で見かけたことがある。それが偶然に伊豆でめぐり逢ったんだ。」
「そこで、君はあの女をなんとか思っていたのか。」
 田宮は黙って溜め息をついて
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