、彼は付け加えた。
八月のあさ日に夏帽の庇《ひさし》を照らされながら、遠泉君は薄ら寒いような心持でその話を聴いていた。
漁師に別れて宿へ帰る途中で、遠泉君は考えた。おとといその蟹をつかまえたのは本多である。しかも現在のところでは、本多にはなんの祟りもないらしく、蟹はかえって隣り座敷へ移って行った。一旦投げ捨てたのが又這いあがって来て、かの児島亀江のオペラバックの上に登った。彼女はこの時にもう呪われたのであろう。彼女が湯風呂の底に沈んだのは、為子の嫉妬でもなく、同性の愛でもなく、あばた蟹の祟りであるかも知れない。それにしても、四人の女の中でなぜ彼女が特に呪われたか、彼女が最も美しい顔を持っていた為であろうか。それともまだ他に子細があるのであろうか。
遠泉君は更に彼女と田宮との関係を考えなければならなかった。おとといの晩、田宮が風呂場で見たという女の首はなんであろうか、それが果たして亀江であったろうか。ゆうべも本多が垣の外へ投げ出した蟹が、ふたたび這い戻って来て田宮の胸にのぼると、彼は非常に魘された。かの蟹と田宮と亀江と、この三者の間にどういう糸が繋がれているのであろうか。遠泉君は田
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