いように言った。
「それがそこらにうろ付いて、夜になって又這い込んで来たんだろう。」
「あれ、見たまえ。又となりの方へ這って行く。」と、田宮は団扇《うちわ》でまた指さした。
「はは、蟹もこっちへは来ないで隣へ行く。」と、本多は笑った。「やっぱり女のいるところの方がいいと見えるね。」
遠泉君も一緒になって笑ったが、田宮はあくまでも真面目であった。彼は眼を据えて蟹のゆくえを見つめているうちに、美しい甲の持ち主はもう隣り座敷の方へ行き過ぎてしまった。きっとまた女たちが騒ぎ出すだろうと、こっちでは耳を引き立てて窺っていたが、隣りではなんにも気がつかないらしく、やはり何かべちゃべちゃと話しつづけていた。
「御用心、御用心。」と、本多はとなりへ声をかけた。「蟹がまた這い込みましたよ。」
となりでは急に話し声をやめて、そこらを探し廻っていたらしいが、やがて一度にどっと笑い出した。かれらは蟹を発見し得ないので、本多にかつがれたのだと思っていたらしかった。本多は起きて縁側に出て行った。そうして、たしかに蟹がはいり込んだことを説明したので、四人の女たちはまた起ちあがって座敷の隅々を詮索すると、蟹は果た
前へ
次へ
全25ページ中12ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
岡本 綺堂 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング