てみると、由兵衛はかれら兄弟の恩人で、自分たちの損を受けてくれたようなものだが、兄弟はそう思わない。ただ、かたき討が出来たといって、むやみに喜んでいた。それが彼らの人情かも知れない。
 ここで関係者の戸籍調べをして置く必要がある。由兵衛は浅草の山谷《さんや》に住んでいて、ことし五十の独り者。友蔵は卅一、幸吉は廿六で、本所の番場町、多田の薬師の近所の裏長屋に住んでいる。幸吉はまだ独り身だが、兄の友蔵には、お常という女房がある。このお常に少し因縁がある。」
「以前は由兵衛の女房だったんですか。」
「いつもながら君は実に勘がいいね。表向きの女房ではないが、お常は奥山の茶店に奉公しているうちに、かの由兵衛と関係が出来て、毎月幾らかずつの手当を貰っていた。お常はまだ廿二だから、五十男の由兵衛を守っているのは面白くない。おまけに浮気の女だから、いつの間にか友蔵とも出来合って、押掛女房のように友蔵の家へころげ込んでしまった。
 由兵衛は怒ったに相違ないが、自分の女房と決まっていたわけでもないから、表向きには文句をいうことも出来なかった。しかし内心は修羅《しゅら》を燃やしている。鮫洲の鯨を横取りしたの
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