ら十五両の横槍を入れて、ひとの買物を横取りするとは、商売仲間の義理仁義をわきまえない仕方だというのだ。成程それにも理屈はある。だが、由兵衛も負けてはいない。なんとか彼とか言い合っている。
 そのうちに口論がだんだん激しくなって、友蔵が『ひとの買物を横取りする奴は盗人《ぬすっと》も同然だ』と罵ると、相手の由兵衛はせせら笑って、『なるほど盗人かも知れねえ。だが、おれはまだ人の女を盗んだことはねえよ』という。それを聞くと、友蔵はなにか急所を刺されたように急に顔の色が悪くなった。そこへ付け込んで由兵衛は、『ざまあ見やがれ。文句があるなら、いつでも浅草へたずねて来い』と勝閧をあげて立去った。」
「そうすると、友蔵にも何かの弱味があるんですね。」
「その訳はあとにして、鯨の一件を片付けてしまうことにしよう。鯨はとどこおりなく由兵衛の手に渡って、十三日からいよいよ奥山の観世物小屋に晒《さら》されることになったが、これはインチキでなく、確かに真物《ほんもの》だ。殊に鮫洲の沖で鯨が捕れたということは、もう江戸じゅうの評判になっていたので、初日から観客はドンドン詰めかけて来る。奥山じゅうの人気を一軒でさら
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